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Channel: YU@Kの不定期村
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邦題の意味“長期の放浪”は映画「オデッセイ」の寓話性を惹き立たせ嘘を彩る

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こんにちは、YU@K(@slinky_dog_s11)です。

「インターステラー」より現実的で「ゼロ・グラビティ」より陽気な宇宙放流記映画、「オデッセイ」を公開日に鑑賞した。NASAの火星探索任務中の事故で独り取り残されてしまった宇宙飛行士が、植物学者の知識と持ち前の明るさを活かし、火星で黙々とサバイバルをするSF作品。次の調査隊が来るのは数年後だが、果たして食料は足りるのか、水や空気は大丈夫なのか、何とか地球と交信することは出来ないか、そもそも“生存している”ことをどう伝えれば良いのか…。度重なる死と隣り合わせの難問を科学的にクリアしていく作劇は非常に魅力的であり、「嘘」の配分もとても絶妙な作品だったと思う。


※※※


「オデッセイ」は邦題であり、原題は「The Martian」。原作小説の邦題が「火星の人」として出版されている通り、とっても“そのまんま”なタイトルだ。そんな直球ダイレクトなニュアンスを変更した邦題だが、これまた興味深い単語が当てられている。「オデッセイ」(オデュッセイア)は、詩人ホメーロスの作として伝承されている古代ギリシア長編叙事詩のタイトル。トロイア戦争を終えた英雄オデュッセウスが10年間漂白するお話で、転じて、可算名詞として「長期の放流」「長い冒険」といった意味を持つ。

この邦題の何が面白いかというと、作品自体がとても「非寓話的」であることだ。素人には訳が分からない単語が頻出する膨大な科学考証&解説シーンが連続で紡がれ、「火星で数年間、地球人がサバイバルする」という荒唐無稽な設定に抜群の説得力を与えている。しかもその語り口がユーモアかつリズミカルなので、全くもって“ダレない”し、退屈を覚えない。こうやって、それが必要で、このようにしてそれを得て、こう工夫したから、そうなった。…といった手順が度々示されるので、「なるほどそれなら火星で生きられる!」と自然と納得させられてしまう。理科の教材ビデオを見て「お~なるほど~」となるあの感覚に近い。





だからこそ、物語に没入していくと「あれ、これは実際にあったことが基になった映画だったっけ?」という錯覚に陥っていく。国際間の交渉や固唾を飲んで救出劇を見守る全世界の様子などがとてもドキュメンタリーチックに描かれるため、とても上質な「奇跡体験!アンビリバボー」の再現VTRを観ている気分になるのだ。クライマックスは思わず目の前で両手を握って懇願してしまう。そんな現実味、“リアルさ”、映画という嘘の塊が綺麗に“騙してくれる”錯覚体験。これこそがこの上なく「非寓話的」と言えるのではないか。非常に突飛な設定なのに、どうしようもなく「リアリティラインが高い」。だからこそ面白い。

そんな「非寓話的」な物語に、この上なく「寓話的」である古代ギリシア長編叙事詩のタイトルを当てる。このアンバランスさとミスマッチさが、一歩引いた上での“寓話性”を惹き立てており、「オデッセイ」というタイトルがまるで大きくて古いハードカバーの表紙に金箔押しで綴られているような、そんな特別感を与えてくれる。ここまでリアルでドキュメンタリー的な物語だからこそ、寓話的で、神話的で、伝承されていくべき物語なのだと、その高級感に少しだけ酔えるような喉ごし。「オデッセイ」という邦題は、近年でも随一の“良邦題”と言えるのではないか。


※※※


そんな叙事詩“長期の放浪”は、火星に独り取り残された男の生き様をバリエーション豊かに描いていく。漂流開始直後、自らの境遇に嘆き絶望するより先に、冷静に(ブラック・ジャックばりに)傷口を治療し記録映像を残す。この時点で彼のプロ宇宙飛行士としてのスタイルや、精神面の強さを伺うことができる。私だったらもうあの時点で「うわー!取り残されたー!絶望だ!お終いだ!」とあのまま脱力して死んでしまうだろう…。装備を脱いだら筋肉隆々な身体が綺麗に汗をかいていて、「あ、この人は本当にプロの宇宙飛行士なんだな」という納得感を開始15分ほどで与えてくれる。

その後、仲間の持ち物を整理しつつ使える物をピックアップし、現状をしっかり把握する。火星でジャガイモを栽培するために、真空パックされた仲間の“うんこ”を再活用。レシピ通りに水を作り、ビニールハウスを完成させていく。この「ゼロから作り上げる」感覚というのが非常に小気味よく、私が思い出しだのは映画ドラえもんの「日本誕生」であった。何もない土地というのは、裏返せば全てが可能性なのだ。その全部を自分の好きに加工し、作り上げることができる。とてもストレートな「ピンチはチャンス」の図式として、飲み込みやすい。





主人公はとても陽気に物事を進めていき、彼の生存を確認した地球サイドが冷や汗をかきながら対応する様とのギャップがユーモアとして描かれていく。上司が残したアルバムをガンガン鳴らしながら、リズムを取って作業をする。近年だと「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」でも描かれた“音楽は宇宙でも通じるんだぜ!最高!”な陽性最上級要素が観る者の笑みを誘発する。しかしその「ポジティブさ」は彼のどん底の孤独の裏返しでもあり、どうしようもなく気が狂いそうになる状況を(文字通り)“砂上の”明るさで誤魔化し続けている。「ポジティブいいね」と「ポジティブだからこそ辛いね」の両立。彼が陽気に振る舞えば振る舞うほどに、ふふっ と笑いながら心のどこかが締め付けられていく。

孤独で楽しく、そしてこの上なく惨めな火星放流。一方の地球では、彼をどうにかして助けたい者、政治的にそれに難色を示す者、その関係性は国家共通の難題としてスムーズに展開されていく。「たったひとりの男を助けるために、莫大な資金と時間を費やし、宇宙進出を数年後退させる」。この決断に、国や世界がGOサインを出せるのか。果たして仮にGOが出ても、その救いの手は遠く離れた彼の“生存日数”に間に合うのか。「情熱大陸」と「プロフェッショナル 仕事の流儀」と「プロジェクトX」を融合したかのような緊迫感のある“超長期的救出劇”は、火星サバイバルとは全く別の魅力を持っている。だからこそ、並行して全く交わらなかったふたつの物語が次第に絡み合いひとつに“戻る”まで、そこに壮大なるカタルシスがあることを観客全員が期待して観ることになる。



※以下、本編の結末に関するネタバレがあります。


クライマックスで非常に魅力的だったのは、主人公が自身を「宇宙海賊」だと嘯き、火星を後にするシーンだ。使い古した機器たちに別れを告げ、地球に還る機会を先延ばしにしてまで会いに来てくれた仲間たちと遂に直接交信に至る。それまで陽気でポジティブに振る舞っていた彼が、むしろ「救出作戦の本番は今から」なのに、仲間の声を聞いただけで思わず涙を堪えきれなくなる。カットバックで全世界の人間が中継を見守る様子が挿入され、否が応でも物語が終局に向け盛り上がっていく。ここで私は思いっきり泣いてしまった。彼の張りつめた緊張と自分に対する“嘘”が剥がれていき、遠い存在の地球をとっても身近に感じたあの瞬間。オンボロのビニールを張った脱出ポッドの中での男泣きは、非常に胸にこみ上げるものがあった。

そして待ちに待った「邂逅」の瞬間。ここまで来たら、観客の全員が分かっているのだ。「どうせ助かるんでしょ」、と。しかし、分かっていてもハラハラし、雪崩のように襲い来るアクシデントに緊張を覚える。「アイアンマン」ネタに思わず笑みをこぼしつつ、ロープを手繰り寄せてついにピックアップに成功する。

この「ロープ」がとにかく素晴らしい。あれがあるからこそ、「あ、掴め… ない!」のハラハラ感が物語としての起伏になっているが、同時に、美術的に、映像的に、とても「綺麗」なのだ。まるで新体操のロープのように、無限の軌道を描いて宇宙空間にロープが舞う。その中心で遂に再会する仲間たち。物語としてのアイテムが、映像的な美しさやハッタリにまでシームレスに昇華されるあの瞬間は、控えめに言っても「極上」であった。ただ手と手を繋ぐだけのあの工程が、“寓話”のクライマックスとして、フィクショナルで感動的な映像として完成されており、それを持って観る側の感情も最高潮に達する。綿密に計算された映像美と言えるだろう。





リアルな寓話、“長期の放浪”こと「オデッセイ」は、兎にも角にも嘘が上手い。執拗な科学考証と、ドラマチックに手と手を取り合う地球サイド。本物があるからこそ嘘が活きるし、嘘があるからこそ本物が真実味を増す。常々映画には「上手く騙して欲しい」と願っているが、2016年も開幕早々、秀逸なイリュージョンにまんまとやられてしまった。何が凄いかって、この映画を観ると、仮に自分が同じように火星に取り残されても「なんとか生き延びられそうな気がする」のだ。絶対に無理なのに、何となくそんな気がする。この嘘こそが、最高なのである。


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