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Channel: YU@Kの不定期村
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絵本が語る少年の性欲。怪獣「トリゴラス」はなぜ街を蹂躙するのか

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こんにちは、YU@K(@slinky_dog_s11)です。

結婚して数年経ち三十路の足音も聞こえてきた年齢だが、自身の「性欲」の芽生えはいつだったろうか。一般的に男性の性欲は女性より強いとされ、思春期にそれが盛んになり、19歳頃にピークを迎えると言われている。小学生の頃、一丁前に好きな女の子はいたが、例えばその娘とどうこうなりたいという想像をあの頃の自分はしていただろうか。せいぜい、一緒に学校から帰ってみたい、あわよくば手を繋いでみたい、くらいだったかもしれない。今はネットが発達して少年少女の情報収集も相場が変化しただろうが、あの頃のガキな私にはその程度が限界だったと思う。

私の思い出深い絵本のひとつに、「トリゴラス」というものがある。1978年の発売で、著者は長谷川集平。文量自体は大人からすれば一瞬で読了できてしまえるボリュームなのだけど、その内容が幼心にどこか衝撃で、しかしその意味を咀嚼できたのは初めて読んでから十数年経ってからだった。






マーミット×長谷川集平トリゴラス


物語の主人公は関西弁を操る少年。見た目から、まだ小学生くらいだと推察される。彼は「びゅわん びゅわん」と吹き荒れる風の音の正体が怪獣に違いないと、布団から身を起こし隣にいる父親に詰め寄る。現実か、果たして空想か、少年は自身が存在を確信する怪獣「トリゴラス」について語り出す。鳥の怪獣・トリゴラスは街に飛来し、蹂躙の限りを尽くす。真っ赤に燃え、ぐちゃぐちゃになる街並み。そしてトリゴラスは「かおるちゃん」のマンションに辿り着き、彼女を鷲掴みにする。「よっしゃ、これでええ」、トリゴラスはそのまま「かおるちゃん」を連れ去り、街を後にする。「そやけど、おとうちゃん。トリゴラスは おとこやろか。おんなかなあ。かおるちゃんは おんなやけどな」。父親は早く寝ろと少年を注意する。少年は淋しげに「かおるちゃん……」と呟き、物語は終わる。

幼い頃からVHSでウルトラマンを観て育った私にとって、怪獣が出てくる絵本はそれだけで新鮮だった。名作「かいじゅうたちのいるところ」等、異形の存在が出てくる絵本は沢山あるが、「トリゴラス」ほどに特撮怪獣然としたビジュアル(着ぐるみ感)を持つ存在は稀だった。この歳になって改めて読み返すと、そのイラストから作者の特撮怪獣への敬愛が見て取れる。街を蹂躙するトリゴラスはまさに初代ゴジラのような立ち振る舞いだし、“秘密兵器”と少年が称するトリゴラスの必殺技“トリゴラ・ガス”のネーミングのいかにもっぷり、また、かおるちゃんを鷲掴みにするトリゴラスのカットはあのキングコングを想起させる。







そんな怪獣のワクワク感が根っこだったが、それ以上に、言い知れぬ不安感や恐怖感、そしてなぜか共感を抱く自分がいたことを覚えている。何かのきっかけで何年かごとに読み返す機会があるのだが、この30を控えた年齢になって、やっとこさ「トリゴラス」の持つ意味を深く噛みしめられたような気がする。

少年とかおるちゃんは、どういう関係だったのだろうか。小学校で同じクラスなのだろうか。作中で、ここが語られることは一切ない。唐突にかおるちゃんという存在が登場し、その直後に彼女をトリゴラスが襲う。トリゴラスは少年の空想の産物のように描かれるため、彼の中でかおるちゃんは「もはや説明不要な存在」なのだろう。これは私の推察だが、おそらく、少年とかおるちゃんはあまり仲が良くはないのではないか。といっても、喧嘩している訳でもない。同じクラスだけどあまり接点がない、そして少年が一方的に気になっている、それ程の距離感なのではないだろうか。

「好き」、という感情にすら気付く手前。おそらく、少年から見たかおるちゃんはそんな存在なのだろう。なぜか気になって、視線が行くけれども、彼女とどうこうなりたいという明確なイメージはない。でも漠然と、彼女をどうにかしたい、自分のものにしたい、そういった一種の性欲(凶暴性)の芽生えが、彼の中で「トリゴラス」という存在になっているのではないか。同時に、怪獣は街をことごとく破壊する。男の子が潜在的に持っているだろう暴力性、破壊衝動、そして、その戦火の中で「かおるちゃん」だけを特別扱いする。

「自分だけは特別」。男の子の多くに、そういう空想を抱いた経験があるのではないか。アニメや漫画の影響で、「いつか自分には何かが迎えにくる」「ある時何かを任される」「人とは違う自分の活躍の場がある」、そういった漠然としたイメージを抱きつつ、「そんな訳ない」「あれはフィクションの世界」と分かってはいるけども、何度も何度も自身に言い聞かすけれども、心の片隅で1%だけ“本当”になることを疑っていない。それはやがて元来の意味での「中二病」を経て、現実を知り、「そんなことはないんだ」といつのまにか自分を納得させて成長していく。








マーミット×長谷川集平トリゴラス


鳥の怪獣・トリゴラスは、まさにそんな1%を体現しているような存在だ。「自分だけは特別」だから、暴れて街を蹂躙する怪獣を空想できるし、「特別じゃない」他者をいくら破壊しても構わない。自分だけが許される。自分だからできる。そんな“オレ様”が、かおるちゃんだけを特別にさらっていく。彼女を自分だけのものにする。男の子が抱く漠然とした優越感と凶暴性、そしてまだ名も無い頃の性欲。「トリゴラス」は、そんな何時よりも純粋な心の動きを陰鬱としたタッチで描き出す。

トリゴラスがかおるちゃんをさらって、その後、物語は一瞬で終わる。なぜかおるちゃんを目的としたのか、その後どうなったのか、この本では全く描かれない。その宙ぶらりんに見放された「解答」が、そっくりそのまま「問いかけ」や「脅し」のようにも聞こえてくる。といっても、それを感じることができたのは初めて読んでから十数年経ったタイミングで、最初の頃は訳も分からない恐怖感に隣に座られたような違和感だけを覚えていた。

トリゴラスが体現する凶暴性・暴力性・性欲は、どの男性もおそらく小さい頃に抱き、そして成長するにつれて「操り方」を知っていく。同時に、それらを安易に発露させることは社会的にタブーだということを、しつこく言い聞かせられていく。でも、例えば今の私の心の中にもトリゴラスは絶対に居るし、コイツが時に巨大化してしまう危険性だって無くはない。自身のトリゴラスにつけた首輪をたまに引きちぎる人もいて、そういう人が法のお世話になってしまう。男性の根源的な欲求と理性のバランス。その教えの一歩として、絵本「トリゴラス」を紹介したいのだ。




▲絵本屋で見つけたトリゴラスのソフビ。ちなみに続編「トリゴラスの逆襲」という作品もあり、少年の陰鬱とした欲求の世界は更なる混沌を極める。


【関連】
2 絵本の大人ばなれ ――わたしの絵本づくり②
資料『トリゴラス』 - cojicoji.com


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